子どもにつけさせたい「夢中力」

昨日、勤務園で「シンガポールデイ」を開催しました。

園児のお友達で現在シンガポールに在住の御家族をゲストに迎え、シンガポール式のチキンライスや英語の手遊び・ジャンケンなどを教えていただきました。

園児はシンガポールの国旗デザインのランチョンマットを作りましたが、その過程で「シンガポールの旗は赤と白でできている!」「星が5個ついている」などいろいろなことを発見していました。

ゲストが「星のひとつひとつに意味がある」ことも教えてくださり、楽しみながら知識を深めることができました。

私も、シンガポールについて実はあまり知らないのでいろいろ調べてみました。

その中で一番心にヒットしたのが、恥ずかしながら「ボボチャチャ」というスイーツです。

作ってみたい!!

やりたいスイッチON!

ボボチャチャとは 「ボボ」は「お粥」、「チャチャ」は「たくさん」で、「具だくさんのお粥」が本来の意味らしいですが、実際は具がたくさん入ったおしるこのようなデザート。

ココナッツミルクのの中にイモ類・豆類・タピオカなどが入っています。

ボボチャチャ作りのことで頭がいっぱいになり、時を忘れて集中して夢中で調べまくりました。

作るならおいしいほうがいいので、かぼちゃとサツマイモは蒸し器でじっくり蒸してホクホク感と甘さを引き出!。

豆は最近スーパーなどで手軽に手に入る蒸し豆ミックスと蒸し大豆を利用。

タピオカは、台湾土産にもらったナマのものを圧力鍋で煮てみましたが、若干長く加熱しすぎたのか、球状が消えて全部つながり、ボコボコした板状になってしまいました。

でも、捨てない!

冷やしてからこれをダイス状に切ったら、求肥よりも弾力のあるおいしい餅みたいになりました。このダイスタピオカと普通に成功した丸いタピオカ両方を使いました。

(このダイスタピオカが皮肉なことにとても好評!)

全てをココナッツミルクの中に投入すればもう完成です。

本場のレシピより、甘さは半分にしました。

ひじょ~~~においしく出来上がり、我ながら大満足です。(大きなガラスボールいっぱいに作ったのですが、写真撮り忘れました…)

この日学んだのは、「出会い」や「機会」によって「興味」が引き出されると、「やる気」が現れ、「失敗」があっても「工夫」「発想の転換」ができ、その先には「知識」がその人の中に蓄えられる…ということです。

園児たちもこの日の終わりには、他の国の国旗や言葉、食べ物に興味を持って自分から絵本などを選んで見ていました。

興味を持てるものに出会うことは子どもの心の成長だけでなく、知識を得させるのにもとてもいいのですね。

子どもを取り巻く大人たちは、子どもが夢中になれるもの・心にヒットするものと出会えるようなきっかけをたくさん作ってやれるといいですね。

まずは広くさまざまなものを見せたり聞かせたりやらせたりし、子どもの傾向を探ってみてはどうでしょうか。

それからだんだん子どもが興味を持つものに絞っていって、それを深めていく。

ただ、親が「これに興味を持ってほしいな」と思っても子どもはそれほどでないという場合もあります。

大人の願望で無理強いするのではなくて、その子目線で考えられるといいですね。

夢中になれることに出会うと、人はがんばれる!、そう思います。

子ども一人一人がそれぞれの夢中力を発揮できるようになっていったら素敵ですね!

 

幼児期に子どもの心を耕す★自然に触れる

今日は久しぶりにゆったりと自宅の庭いじりをしました。

狭いお庭ですが、花がらを摘んだり、タネから芽を出したミニトマトの葉っぱを観察したり、実り始めたラズベリーを愛でたり、ぶどうの花の開花を確認したりして時を忘れました。

私の周りをブンブンすごい羽音を立てながら蜂が飛んでいました。

私の庭ではラズベリーやブルーベリーの受粉のために、蜂🐝さんは駆除しない主義です。

見ているとその蜂さんは、土にあいた直径1.5センチくらいの穴の中に入っていきました。

穴から出てくるとまたどこかに飛んでいき、しばらくするとまた戻って…を繰り返していました。

(夕方に穴を見に行ったら、葉っぱが丸めてつめこまれていました!

調べてみたら、ニッポンヒゲナガハナバチという蜂のようです。)

まぁ、今日は庭で過ごした時間のなんと長いこと。

自然物に囲まれて触れていると癒されますね。

そして、五感が刺激されます。

見たり聞いたり触ったりかいだり、そういう体験は幼児期の子どもにもとてもいいようです。

私の勤める園では週に一度、自然豊かな森の公園に出かけますが、ここでの子どもの心の動きはほんとうにステキです。

発見して喜んだり感動したり、触って驚いたり叫んだり、どうしてだろう?と考えたり、もっとやってみようと好奇心全開になったり。

こういう経験を幼児期にした子どもはしあわせだと思います。

心の土台ができる時期にフワッフワになるまで耕される…そんな感じでしょうか。

そして、その人を形作る素材をたくさんストックすることになるんですね。

自然に触れるという体験、子育ての中に取り入れられるといいですねー。

親子でそういう時間を過ごせたら、親も心のリフレッシュができることまちがいなしです!

私は人の命を奪うかもしれない。

大津の事故のニュースは本当に衝撃的でした。

2つの立場から深く考えさせられました。

ひとつは運転者として。

私は毎日通勤に車を使っています。19歳で免許を取ってから30数年間、車のない生活は考えられないほどです。

ここ春日部あたりでは、駅近に住んでいない限り、クルマなしはかなり不便なのです。

でも、クルマは便利だけれど、意図せずして人の命を奪ってしまうこともあるものだと改めて思い知らされました。

ハンドルを軽く握ってはいけない。

凶器となりうるものを自分が操縦しているのだ!といつも意識し続けねばならぬ。そう思いました。

もうひとつは 保育者として。

勤務園でも頻繁に散歩や野外保育に出かけます。

全身を目にして、耳にして、細心の注意を充分に払っているつもりですが、それでも事故に遭う危険性はゼロではない。

今回の保育士さんたちに落ち度はなかったと私は思います。

けれども、同じような状況に遭遇したら私もまた幼い命を守りきれず、その結果 失意のどん底に放り込まれるに違いないでしょう。

保育士の仕事は「命を預かる」責任の重い仕事です。

命預かる者として、精神をすり減らすくらいでないといけない。

毎朝襟を正して、自分の負っている責任を自覚しつつ、この尊い務めにあたらせていただこう。

人の命を奪ってしまうかもしれない自分。

預かった命を守りきれないかもしれない自分。

そんな自分であることを忘れないでいる!それが大事なことなのだと思いました。

今回の事故に関係したおひとりおひとりに、慰めと励ましがありますようにお祈りします。

やさしくされて満ち足りて、そしてやさしくなっていく♪

私の勤める園は異年齢児混合保育なので、年少さんも年長さんもいっしょに過ごします。

入園したばかりの年少さんのAちゃんは、年長のお姉さんBちゃんにあこがれて、真似をしてみたり、くっついて歩いたりしています。

ある時Bちゃんに手をつないで欲しくって、Bちゃんの事情は顧みずに無理やり手をぎゅっと。

Bちゃんの方は今やっている遊びを中断されてちょっと困り顔。

それでも、Aちゃんの手を握り返して、ニコニコ笑いながら手をふりふりしてあげていました。

満足したAちゃんは、手を離してBちゃんと目と目をあわせてニッコリ。そのあとはBちゃんのそばで真似っこ遊びをしていました。

Bちゃんの優しい接し方、ほんとにステキだなぁと思いました。

この接し方はBちゃんもかつて、年上のお兄さんお姉さんたちから受けていたものです。

今は年長のBちゃんも、年少さんの時がありました。

年少さんは発達段階としては1人遊びから真似遊びに移行して行く時期であり、友だちと協力してとか譲歩しあってとかの前段階です。

自分がしたい!と思ったことを即座に行動にし、周りのことはあまり見えていません。

Bちゃんにもそんな時期があったのですが、そういう「わがまま」や「勝手」に見える行動を優しく受け入れられて、満ち足りて、今はこんなにステキなお姉さんに成長したんですねー。

Aちゃんも「やさしさ」をたくさん受けて、満ち足りて、きっとステキお姉さんになっていくんでしょうね〜。とても楽しみです♪

子どもたちとお絵描き。

ドラえもん、ミッキー、トトロ…なんか違わない⁈

親の死にどう関わるか?★延命治療、する?しない?

義父が天に召され、もう少しでひと月になろうとしています。

まだいろいろな手続きが残る中、ふと、生前の何気ない会話や笑顔がよみがえってきて、急に悲しくなることがあります。

あぁ、もうお父さん、ここにはいないんだなぁ…と思うと、なんとも言えない寂しさを覚えます。

それは、

ご飯の支度をしている時だったり、

雨戸を閉めている時だったり、

夜布団に入った時だったり、

…突然やってくるので驚きます。

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義父の旅立ちに際して、私たち家族は延命治療をしない選択をしていました。

延命治療とは、終末期において命を少しでも伸ばすためになんらかの医学的処置をすること。

私自身が20年前に乳がんの切除手術を受けるときに、延命治療はなし、と希望していました。

17年前に父を送った時も然り。

今度の義父の時も当たり前のようにそう考えていました。

私たち夫婦にとって、死とはやがて誰もが迎えるごく当たり前の道。

命は神様から与えられたものであり、いつか神様の元に帰る自然な人の営みだと捉えています。

もちろん、生きていて共に過ごし会話をしふれあえる喜びが、死によって絶たれてしまう寂しさはあります。

けれども、終わりは必ずくるのです。

終わりの時を自然な形で迎えたい、というのが願いです。

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私たちは夫婦で同じ見解でしたからスムーズでしたが、これが夫婦や兄弟、孫たちで違っていたら大変なのでしょうね。

知人は、家族でまっぷたつに意見が分かれてしまい悩んでいました。

当の本人は延命なしを望んでいるが、どんなことをしてでも1分でも1秒でも生きながらえてほしいと願う人もいます。

一方で、それは遺されるものたちのエゴだと考える人もいます。

その考えを「薄情だ」と感じる人もいます。

人それぞれなのです。

では、どうしたらいいか?

それこそその家族家族で出す答えは違うでしょう。

「死」はまだまだ日本人にとってタブーの色合いが濃いかもしれませんが、日頃から、そう、そういう状況になってからでなく、普段から家族でそのことについて互いの考えを交換しておくのが良いのかなと思います。

茶香炉にはまってます!

葬儀に紅白の水引き!*常識か!?非常識か!?

夫の父が天に召されました。

義父に繋がる人々と共に、心を込めてお見送りすることができました。

今回の葬儀でとても驚いたのが、紅白水引きの袋を持ってきた方がいたことです。

え?弔事に紅白⁉︎

表書きは「お見舞い」

ネットで調べてみましたら、「あり得ない」「はらわたが煮えくりかえった」「絶句した」…との反応が多数ありましたが、なんとそれが常識の地域があるようなのです。

茨城や長野の一部の地方、北陸?などにある風習らしいです。

その心とは?

①生前にお見舞いに行きたかったが行けなかったのでその気持ち

②家族が亡くなり、その心中を思いやる見舞いの気持ち

だそうです。

へえ〜〜〜!!

弔事に紅白なんて非常識!と思えば腹も立ちますが、

そういう思いやりの心が込められていると知れば、ありがたい思いになりますね。

怒りがわくか わかないかは、そこへの意味づけで変わるのです。

自分の常識や「べき論」だけで一刀両断するのでなく、幅の広い捉え方をしていくことが大切です。

怒りの取り扱いを上手にしていきたいですね。

パーソナルカラー診断★素材を活かして輝く!

気になっていた「パーソナルカラー」。

ようやく「診断」を受けてきました。

生まれ持った肌の色、髪の色、眼の色、唇や頰の色…それらを踏まえて、それを生き生きとさせる「色」を教えていただきました。

私は幼い頃はオレンジ色が大好きで、持ち物をオレンジで揃えたりしていました。

高校を卒業してメイクを始めた時、大好きなオレンジ色を唇に塗ったら

「え⁉︎」

となりました。

なんなんだ⁉︎この似合わなさ!

真っ赤じゃないのに、何故か人を食ったような口元に…。

鮮やかすぎるオレンジだったのか?と、落ち着いたオレンジにしてみたら、ぼーーっとぼやけた生気の無い表情に…。

それ以来、私のオレンジ色離れが始まりました。

それまで「なに、その甘っちょろい色!」とバカにしていた(?)ピンクを身につけてみたら、なんだかしっくり。

以来、ルージュもチークもローズピンク系。

スキーウェアも鮮やかなマゼンタ。

今回の診断のお教室にもオーキッドピンクのセーターで乗り込んだのです!

こ、これでピンクがNGだったら…?

先生は、私の好きなショッキングピンクの布からスタートしてくださいました。

いろいろ当てていくと、顔の色や輪郭が変わって見えるのがわかりました。

いちばん生き生き見えたのはピンクの中でもオーキッドピンクでした。

「完全なピンクの方ですね」

やっぱり間違ってなかったんだ!

オレンジ系は、どれも顔色が黄色がかって見え、シミも目立ってしまいました。

ほかの色もいろいろ当てましたが、私は濁った色は似合わないようです。

鮮やか過ぎずパウダリーな感じ?

しっとりした雨に濡れるアジサイの色を思い浮かべるといいらしいです。

こんな青も似合うそうです。

これからの色選び、楽しくなりそうです。

もともと持っている素材を活かすというのはとても大事ですね。

お料理も、素材の風味を消さない味付けや、さらに旨味が増す組み合わせなどがあります。

苦味やえぐみも、活かせば他には真似のできない特性のある味となります。

私たちは一人一人違った個性・特性を持っています。

「○○じゃなくて残念」

「○○だったら良かったのに…」

と後ろ向きにとらえるのでなく、与えられたものに感謝してどんどん活用していきたいですね。

私は小さい頃から背がとても高いのがいやでした。

でも今は、高くてもいい、むしろ高さを「ステキ」に見せればいい、と考えるようになりました。

髪の毛は天然パーマ。起き抜けはガス爆発後のようです。なんとか人前に出られるように整えるのはひと苦労ですが、このウネウネは私の顔には合っているのだと思います。

歯並びはガチャガチャ。歯列矯正しないでここまできてしまったから、もう、これでいっちゃおうかと思います。

あるものを上手く使う!そして輝く!

今年のテーマです❣️

この濃い〜ピンクは大好きな色ですが、わたしには少し強すぎるらしいです。

でも、似合わないわけじゃないから着ちゃう!

元気な気持ちになれるから〜❤︎

怒らない体操でカラダぽかぽか、代謝UP!

お隣の町で「怒らない体操」をお伝えしてきました。

20人ほどの方が集まり笑顔で体操に取り組みました。

まずはじめに「カラダの軸」を作るところから始めましたが、よろけない姿勢が出来上がった時に会場内で「おぉ〜〜」というどよめきが。

笑顔で取り組むと効果倍増ということで、皆さん良いお顔で動いてくださいました。

怒らない体操は決して激しい動きではないのですが、きっちりやると汗がじわじわ出てきます。

カラダがぽかぽかと温まり、血行が良くなっているのをリアルに感じることができます。

「肩が軽くなってる!」

「スッキリした!」

怒らない体操のおかげで姿勢が良くなり、身長が伸びたこともお話ししました。

ちなみに、私の体内年齢は実年齢のマイナス12歳です!

カラダが喜び、ココロもハッピーになる怒らない体操。

大人にも子どもにももっと知っていただきたいなーと思います。

最後に顔出しOKの皆さんと記念撮影!

笑顔がいいですね❣️

ご受講いただきありがとうございました😊

恐妻組合ってなんなん?

夫と私が属している共通のコミュニティには老若男女、たくさんの年代の方たちがいます。

この間40代の男性から

「小谷さん(夫)は、恐妻組合の会長っすから!

○○さんが副会長で、俺ら平会員ですよ。小谷さんの足元には及ばないっすよ」

と言われたんですが、

《恐妻組合ってなんなん?》

文字の通りに言えば妻を恐れる。でも、夫も彼らもそんなに恐れてる様子はないと思うんですよね。

夫も「え?なんで俺が?なんかの間違いじゃないの?」とビックリ。

ええ、たしかに夫が庭でミニブタを放し飼いにしたいと言ったのを即!却下したことはありますけどね…。

尻にひかれて頭が上がらないっていうのが本来の意味なんでしょうが、彼らに共通しているのは「妻を尊重している」っていうことかなと思います。

勝手に物事を決めてしまったり、妻の都合や立場も考えないで行動するっていうようなことがないということです。

意見が違っていても話し合いができる、一方的にならない、どちらかが我慢するのでない。

これは妻を恐れるからじゃなくて、愛してるからだと思うんですけど。

(もしかすると、妻をないがしろにしていると家庭が面倒なことになる…と本能的に感じている、ということもある、のか?)

いずれにせよ、私は「恐妻組合会長の妻」の称号を喜んでお受けしようと思っていまーす。

恐妻組合会員の妻会員、大募集中〜!

長ネギの収穫に行きました!