「失敗してもいい」のは何故?

勤務園の入園進級式がありました。

新型コロナウィルスの関係で、園児と保護者と数名の教師とで執り行いました。

司会をした私は「失敗」をしてしまいました。

式はプログラムを大幅に削って進める予定で、当日の打ち合わせで念入りに確認し合っていました。

ところが私は更に削りすぎて、ひとつ飛ばして進めてしまったのです。

終盤で気づきましたが、もう取り戻せるタイミングはありませんでした。

そのまま式終了。

そこで私は正直に失敗を暴露することにしました。

「こずゑ先生は失敗をしました。………(中略)…めぐみ幼児園は「失敗してもいいところ」です。

失礼しても 許してもらえる、助けてもらえる、またがんばれるところです。」

私がそう言えたのは、勤務園が本当にそういうポリシーの下に、温かい保育を続けてきているからです。

子どもは経験や知識の不足からも多くの失敗をします。

それをとがめられ、叱られてばかりいては萎縮するばかりです。

でも、許され助けられ支えられてもらえるとき、新しい力をもらうことができるんですね。

失敗してもいいという安心感があるからこそ、踏み出せることもあります。

失敗はしてもいいのです。失礼が0の人なんていないから。ましてや子どもに失敗はつきもの。

安心して失敗ができることが大切です。

失礼から学び、挽回する力は安心の土台の上に作られていくのです。

すべての子供に「失礼する権利を!」と願います。

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