親の死にどう関わるか?★延命治療、する?しない?

義父が天に召され、もう少しでひと月になろうとしています。

まだいろいろな手続きが残る中、ふと、生前の何気ない会話や笑顔がよみがえってきて、急に悲しくなることがあります。

あぁ、もうお父さん、ここにはいないんだなぁ…と思うと、なんとも言えない寂しさを覚えます。

それは、

ご飯の支度をしている時だったり、

雨戸を閉めている時だったり、

夜布団に入った時だったり、

…突然やってくるので驚きます。

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義父の旅立ちに際して、私たち家族は延命治療をしない選択をしていました。

延命治療とは、終末期において命を少しでも伸ばすためになんらかの医学的処置をすること。

私自身が20年前に乳がんの切除手術を受けるときに、延命治療はなし、と希望していました。

17年前に父を送った時も然り。

今度の義父の時も当たり前のようにそう考えていました。

私たち夫婦にとって、死とはやがて誰もが迎えるごく当たり前の道。

命は神様から与えられたものであり、いつか神様の元に帰る自然な人の営みだと捉えています。

もちろん、生きていて共に過ごし会話をしふれあえる喜びが、死によって絶たれてしまう寂しさはあります。

けれども、終わりは必ずくるのです。

終わりの時を自然な形で迎えたい、というのが願いです。

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私たちは夫婦で同じ見解でしたからスムーズでしたが、これが夫婦や兄弟、孫たちで違っていたら大変なのでしょうね。

知人は、家族でまっぷたつに意見が分かれてしまい悩んでいました。

当の本人は延命なしを望んでいるが、どんなことをしてでも1分でも1秒でも生きながらえてほしいと願う人もいます。

一方で、それは遺されるものたちのエゴだと考える人もいます。

その考えを「薄情だ」と感じる人もいます。

人それぞれなのです。

では、どうしたらいいか?

それこそその家族家族で出す答えは違うでしょう。

「死」はまだまだ日本人にとってタブーの色合いが濃いかもしれませんが、日頃から、そう、そういう状況になってからでなく、普段から家族でそのことについて互いの考えを交換しておくのが良いのかなと思います。

茶香炉にはまってます!

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