わかり合う夫婦になるために必要なことは?

誕生日を迎えました。

過ぎ去った1年間は、少し大変な年でした。

義父の体調不良から入院、手術、退院、抗がん剤服薬、自宅療養、通院、そしてまた入院、退院を何度か繰り返し、年末に施設入所、インフルエンザ罹患、また入院、退院、そして入院、そして召天。

仕事の面では、これまでの経験や知識だけでは通用しない場面に遭遇し、毎日が試行錯誤とチャレンジでした。

そんな中、乳がんの手術後の年次検診(術後21年でした)を受け忘れ、アンガーマネジメントシニアファシリテーターの更新テストも受け忘れて降格。

やるべきことにきちんと目を向けていない年になってしまいました。

それでも私のそばで支え励ましてくださる信頼できる人々のおかげで、なんとか歩みを続けてくることができました。

特に、いい加減で的外れな私に対して、時に優しく、時にズバッと厳しく接してくれた夫には、結婚して31年経った今 また惚れ直しています。

恐妻友の会の会長とか言ってるけど、本当は私が夫にぞっこんなのです。

以前は、私の見る目があるからこんなステキな人と結婚できたのだ、と思っていました。

でも、そうではなく、本当にただただ宝クジに当たったようなものなんだ、と今は思います。

宝クジは当たったあと人生が狂ってしまって不幸になる人もいると聞きます。

私が大当たりのあと、その利を存分に享受できたのにはわけがあります。

お互いのモヤモヤやスレ違いをうやむやにしないことです。

私たち夫婦は感情的にぶちまけ合うというタイプではないので、じっくり時間をおいて「これは納得できない」「あれは嫌だった」「こうしてくれると嬉しい」「これはこう思う」というようなことを年に何回か話してきたのかなと思います。

少なくとも私の側からはそういうことを伝え、着地点を探りながら歩んできたという印象があります。

夫と2人で車で遠出する時はよくそういう時間を持ちました。

話す時間が取れない時は手紙を書いたりもしました。

そんな風にコミュニケーションを深めてきた私たちですが、それでもまだまだお互いのことを全て知りきれてはいません。

何ヶ月か前もドライブ中に2人で話していて、「長年のこの人のこの行動には、幼少期のこれが関係していたんだ!なるほど」と初めて認識を深める事柄がありました。

たぶん一生かかっても全部を知り尽くすなんてことはできないし、その必要もないとは思っています。

全部を分かり合えるはずはない、お互いが違う人間だから。

でも、だからこそ言葉で言わなきゃわからないんですよね。

言わなくてもわかるでしょ、フツー…っていうのはダメみたい。

察してくれてもいいじゃない!…っていうのも、特に男性は苦手なんですって。

どこが違うのか、なぜ違うのか、何を望んでいるのか、どこが落とし所なのかをわかり合うためには、言葉で伝えるという努力が必要なんですね。

そうでないとズレが開いていってわかり合うのが難しくなってしまいます。

私は「分かり合えない」「分かりあおうとしない」夫婦の子供として生まれ、とても辛い思いをしました。

だからこそ、「分かりあおうと歩み寄る夫婦」への憧れが人一倍強かったのです。

そのおかげで今の私になれました。

ある意味、わかりあわなかった夫婦である両親の功績ですね。感謝。

新しい歳も、人と人が歩み寄る幸いを、自分や周りで実現するのをたくさん見られるようにと願っています。

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