あなたの笑顔で救われる人がいる

元手をかけず、すぐに人を幸せにする方法。

それが「笑顔」です。

 

学生時代に某ハンバーガーチェーンでアルバイトをしていました。

そのころ「スマイル0円」というキャッチコピーがあり、あるお客さんが「スマイルください♪」と注文してきたので、とびっきりの笑顔で「はいっ!」と答えました。

カウンターの周辺にいた人がみんな笑い、それは幸せな気分になりました。

笑顔は人を幸せにします。

その笑顔を見て、ほっとしたり、なぐさめられたり、励まされたり、勇気をもらったりすることがあります。

その反対に、不機嫌が周りの人を不幸せにするとも言えます。

なんだかいい気分だったのに、イライラしている人がそばに来たらこちらまでその影響を受けてしまった・・・ということ、ありますよね。

今日出会うだれにでも、私ができること。

priceless smile プレゼントしましょう!

毒親から解放されて自分らしく生きる★成人したら戸籍から抜ける

DV男の父を持った私は、幼児期から母と2人で逃亡生活をしていました。

父は執拗に私たち母娘を追いかけ、私は怯えながら成長しました。

ある時は学校の帰りを待ち伏せされたり、ある時は一晩中電話が鳴り止まなかったり、ある時は呪いの手紙を送りつけられたり……。

父が嫌で嫌で、怖くて怖くて、そういう人が自分の血の繋がった父であることがつらくて、とにかく一切の縁を切りたい!と思っていました。

離婚が成立したあと私の親権は父側にありましたから、同じ戸籍に入っていたのですが、それもイヤでした。

いろいろと調べて、成人すれば自分が戸籍筆頭者になれるということがわかりました。

私は20歳になったその歳の誕生月に、父の戸籍から抜けました。

意を決して、自分が傷を受けた街に行き手続きを済ませました。

紙切れ一枚二枚のことです。

しかも、分籍したからって身分関係が変わるわけではないんです。

でも、たとえそうだとしても心の解放感と安心感は計り知れないものでした。

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その後、「父親を捨てるのか!」と罵られたこともありました。

その13年後には、実は私と父とは和解するのですが、私は20歳のときのあの行動は間違っていなかったと思っています。

毒親からは逃げていいのです。

捨てていいのです。

自分を大事にしていいのです。

行動を起こしていいのです。

そうやって自分で踏み出した時に、違う風景が見えたり、助けてくれる人が現れたり、次のステップに進むことができたりするんです。

毒親に翻弄されている方へ。自分の中に抱え込みすぎないで、何か出来ることを探してみませんか?

アイシングクッキーたくさん作りました!

慈悲の瞑想とその効果

半年ほど前に「慈悲の瞑想」というものに出会いました。

「生きとし生けるものがすべて幸せであるように」と願う瞑想法で、もともとは仏教から来ています。

クリスチャンの私は、これに出会った時「聖書に通じる!」 と感じて毎日この瞑想をするようになりました。

↑これは簡易バージョン。

「親しい人」のところに家族や大切な友達の名前を入れ、*の部分を繰り返します。

同様に「嫌いな人が幸せであるように」の後に*、

続いて「嫌っている人+*」という風に瞑想していきます。

まず自分の幸せを願う

この瞑想のポイントは、まずはじめに自分の幸せを祈っていること。

聖書には「自分と同じように隣人を愛しなさい」とあります。

本当の意味で自分と和解し、自分を愛していなければ、他人を愛することはできないのです。

自分を大切にし、自分を思いやり、愛することは決して自己中心ではありません。自分を犠牲にして人に何かしてあげようとしても、いつか無理が出てしまいます。

自分を大切にし、自分を認め、自分を慈しむことこそ、他者への慈愛の始まりなのだと私は思っています。

慈悲の瞑想の効果

慈愛の瞑想を実践すると、イライラや怒りがなくなり、穏やかな気持ちになれると言われています。

私の場合は?

一番大きな変化は「この世で一番苦手だったあの嫌な虫」に対して、敵対心を抱かなくなったことです。

なんのことがわかりますか?

「ゴ」がつく虫ですよ。

幼少期にトラウマがあり、本当に嫌いでした。

この世から消え去って欲しいと思っていました。

ですが、慈悲の瞑想をするようになってから、「生きとし生けるもの」である彼らのことを、好きになれないまでも、「彼らに罪はないのだ」と思えるようになったのです。

虫に対してそう思えるのですから、もちろん、人間に対してはさらに穏やかな優しい気持ちを持てるようになりました。

街ですれ違う見知らぬ人のことも、「幸せでありますように」と祈ってしまいます。

怒りの沸点が低くなりました。

怒りの持続が短くなりました。

その人の立場や状況を「想像」することができるようになってきました。

苦手なものが少ないほど生きやすい

苦手なものが多いと、ストレスを感じやすく、心も身体も消耗しやすいですね。

逆に苦手なものが少ないと、過度にエネルギーを使わなくて済むので「ラク」です。

そのエネルギーを自分の幸せのため、人の幸せのために使うことができると感じます。

好転反応のある人もいる

好転反応とは、浄化の過程で一時的に悪い症状が発生することです。

慈悲の瞑想の好転反応は身体に現れるものや心に現れるものがあるそうです。

体調不良や気持ちの落ち込みやイライラの増加などの例があるということです。

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慈悲の瞑想は奥が深く、まだまだ極められてはいませんが、これからも続けていきたいなと思っています。

究極のストレス発散法はコレ!

毎年夏に夫と旅行に出かけます。

2人とも車の運転が好きなので、自家用車でふらりと。

ホテルは予約なしで、夕方頃に「今日2名泊まれますか?」…というスタイルで、今まで泊まれなかったことはありません。

去年の夏などは景観バッチリの高級旅館に安く泊まれてしまってラッキーでした。

何百キロも車で移動する間、夫ととりとめのない話をします。

2人ともおしゃべりな方ではないので、ず〜〜っと話しっぱなしということはないんですが、何にも邪魔されずゆったりと会話ができる貴重な時間になっています。

私はたいてい毎回、禅問答ではないですが「投げかけ」を持っていきます。

今年は

「収入のことは何も気にしなくていいならどんな仕事をしたい?何をして暮らしていきたい?」

夫は「◯◯…」

へぇ〜〜、そうだったんだぁ!

私は毎日、何かを作りたい人です😌

土をいじり、花や野菜を育て、虫や鳥を見、収穫の喜びを味わって暮らしたい。

収穫した旬のもので料理をしたい。お菓子を作りたい。

布を使って暮らしに役立つものを作りたい。

作った食べ物や小物を囲んで誰かとしゃべりたい。

いっしょに笑いたい。泣きたい。

私はそんな暮らしが憧れだなぁ。

あなたは?

何をして暮らしていきたいですか?

どんな暮らしをしたいですか?

子どものこと、家族のこと、仕事のこと、お金のこと、さまざまなしがらみを取っ払った時、何をしたいのか?

あなたの心の、本当の声が聞こえてくると思います。

今の生活、暮らしがキツイと感じたり、不満がたくさん募る時は「本当はこれがしたい」を思い出して、時々それを今の生活の中にちょっとだけでも取り入れてみるといいかもしれません。

母でも、子どもでも、妻でも、職業人でも、何者でもない自分を取り戻す…。

究極のストレス発散法ではないかな、と私は思っています。

今までずっ〜〜と、自己流でパンを焼いてましたが、初めて「手ごねパン教室」に参加しました!

親の死にどう関わるか?★延命治療、する?しない?

義父が天に召され、もう少しでひと月になろうとしています。

まだいろいろな手続きが残る中、ふと、生前の何気ない会話や笑顔がよみがえってきて、急に悲しくなることがあります。

あぁ、もうお父さん、ここにはいないんだなぁ…と思うと、なんとも言えない寂しさを覚えます。

それは、

ご飯の支度をしている時だったり、

雨戸を閉めている時だったり、

夜布団に入った時だったり、

…突然やってくるので驚きます。

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義父の旅立ちに際して、私たち家族は延命治療をしない選択をしていました。

延命治療とは、終末期において命を少しでも伸ばすためになんらかの医学的処置をすること。

私自身が20年前に乳がんの切除手術を受けるときに、延命治療はなし、と希望していました。

17年前に父を送った時も然り。

今度の義父の時も当たり前のようにそう考えていました。

私たち夫婦にとって、死とはやがて誰もが迎えるごく当たり前の道。

命は神様から与えられたものであり、いつか神様の元に帰る自然な人の営みだと捉えています。

もちろん、生きていて共に過ごし会話をしふれあえる喜びが、死によって絶たれてしまう寂しさはあります。

けれども、終わりは必ずくるのです。

終わりの時を自然な形で迎えたい、というのが願いです。

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私たちは夫婦で同じ見解でしたからスムーズでしたが、これが夫婦や兄弟、孫たちで違っていたら大変なのでしょうね。

知人は、家族でまっぷたつに意見が分かれてしまい悩んでいました。

当の本人は延命なしを望んでいるが、どんなことをしてでも1分でも1秒でも生きながらえてほしいと願う人もいます。

一方で、それは遺されるものたちのエゴだと考える人もいます。

その考えを「薄情だ」と感じる人もいます。

人それぞれなのです。

では、どうしたらいいか?

それこそその家族家族で出す答えは違うでしょう。

「死」はまだまだ日本人にとってタブーの色合いが濃いかもしれませんが、日頃から、そう、そういう状況になってからでなく、普段から家族でそのことについて互いの考えを交換しておくのが良いのかなと思います。

茶香炉にはまってます!

パーソナルカラー診断★素材を活かして輝く!

気になっていた「パーソナルカラー」。

ようやく「診断」を受けてきました。

生まれ持った肌の色、髪の色、眼の色、唇や頰の色…それらを踏まえて、それを生き生きとさせる「色」を教えていただきました。

私は幼い頃はオレンジ色が大好きで、持ち物をオレンジで揃えたりしていました。

高校を卒業してメイクを始めた時、大好きなオレンジ色を唇に塗ったら

「え⁉︎」

となりました。

なんなんだ⁉︎この似合わなさ!

真っ赤じゃないのに、何故か人を食ったような口元に…。

鮮やかすぎるオレンジだったのか?と、落ち着いたオレンジにしてみたら、ぼーーっとぼやけた生気の無い表情に…。

それ以来、私のオレンジ色離れが始まりました。

それまで「なに、その甘っちょろい色!」とバカにしていた(?)ピンクを身につけてみたら、なんだかしっくり。

以来、ルージュもチークもローズピンク系。

スキーウェアも鮮やかなマゼンタ。

今回の診断のお教室にもオーキッドピンクのセーターで乗り込んだのです!

こ、これでピンクがNGだったら…?

先生は、私の好きなショッキングピンクの布からスタートしてくださいました。

いろいろ当てていくと、顔の色や輪郭が変わって見えるのがわかりました。

いちばん生き生き見えたのはピンクの中でもオーキッドピンクでした。

「完全なピンクの方ですね」

やっぱり間違ってなかったんだ!

オレンジ系は、どれも顔色が黄色がかって見え、シミも目立ってしまいました。

ほかの色もいろいろ当てましたが、私は濁った色は似合わないようです。

鮮やか過ぎずパウダリーな感じ?

しっとりした雨に濡れるアジサイの色を思い浮かべるといいらしいです。

こんな青も似合うそうです。

これからの色選び、楽しくなりそうです。

もともと持っている素材を活かすというのはとても大事ですね。

お料理も、素材の風味を消さない味付けや、さらに旨味が増す組み合わせなどがあります。

苦味やえぐみも、活かせば他には真似のできない特性のある味となります。

私たちは一人一人違った個性・特性を持っています。

「○○じゃなくて残念」

「○○だったら良かったのに…」

と後ろ向きにとらえるのでなく、与えられたものに感謝してどんどん活用していきたいですね。

私は小さい頃から背がとても高いのがいやでした。

でも今は、高くてもいい、むしろ高さを「ステキ」に見せればいい、と考えるようになりました。

髪の毛は天然パーマ。起き抜けはガス爆発後のようです。なんとか人前に出られるように整えるのはひと苦労ですが、このウネウネは私の顔には合っているのだと思います。

歯並びはガチャガチャ。歯列矯正しないでここまできてしまったから、もう、これでいっちゃおうかと思います。

あるものを上手く使う!そして輝く!

今年のテーマです❣️

この濃い〜ピンクは大好きな色ですが、わたしには少し強すぎるらしいです。

でも、似合わないわけじゃないから着ちゃう!

元気な気持ちになれるから〜❤︎

泡ハンドソープ好きですか?★こだわりは怒りをまねくこともある!

自分の「こだわり」を見つける

私はあまりこだわらないタイプ…と思っているのですが本当かどうかはわかりません。

というのも「私ってあんまりこだわらないんだ〜〜」と言っている人でも、他人から見ると変なとこにこだわってたりする例がたくさんあるからです。

「こだわり」って、自分にとっては当たり前になってることが多いので、こだわってることに気づかなかったりするのです。

でも、こだわりが強くなりすぎることで生きづらくなることもあるので気をつけないといけません。

なので、私は時々「自分のこだわり見つけ」をします。

液体ハンドソープがいい!

職場で手を洗おうとしたらハンドソープが泡タイプでした。

キライってわけではなく、まぁ普通に使いますけど、自分のうちで使うなら断然液体タイプです!

くれるって言っても、泡タイプならもらいません。

フワフワ頼りなげで、洗った気がしない!…というのが使わない理由です。

洗浄力がどうのとか、利便性がどうのとか、そういったことは全く関係なく、まぁ、ただの好みですね☻

固形石鹸も選択肢に入れたら液体〉固形〉泡、です!

こだわりは怒りのタネになることも

こだわりは「この方が好き。でも、そうじゃなくても大丈夫」ならいいのですが、「こうでなければダメ」という思いがあまりにも強い場合は怒りの引き金になることがあります。

「怒り」は自分の大切な領域を侵されると発動します。

「強いこだわり」は「自分が安心できる枠」ですから、これが崩れそうになると怒ってしまうのです。

朝に必ずヨーグルトを食べる、というこだわりがあったとします。

ゆるいこだわりであれば、ヨーグルトが切れていても「まぁしょうがないか」と済ませられますが、

強いこだわりの場合は「落ち込みが激しい」「イライラする」「居ても立っても居られない」「切れていることに怒りが湧く」、となるのです。

子育ての中で、日常生活の中で、人間関係の中で、自分にどんなこだわりがあるのか時々客観的に見つめ直して見るといいですね。

無くて七癖といいますが、こだわりも無い無いと言っても誰にでも多かれ少なかれあるものです。

見つけてみるとおもしろいですよ。

そして客観的に「私にはこういうこだわりがるんだなー」とわかっておくといいと思います。

ぜひやってみてくださいね!

ホットケーキみたいなキノコ。

私はパンケーキはしっかり焼いてあるのが好きです。

半熟みたいなフワッフワのはどうも…。