「親の面倒はみないでください」★親孝行はしなければいないのか?

将来、親の介護や看護が自分にできるのか?と不安を感じている人は多くいるようです。

また、親の介護をきっかけに子供時代からの親への無意識の感情が引き起こされて、複雑な心境になっているケースもあると聞いています。

我が家の場合、一人娘の私と長男の夫が結婚したので、どちらの親の面倒もみる覚悟ではいました。

けれども、私は親とは一般的な基準からみると「実にあっさりした」関わりをしています。

親との関わりの例・小谷家の場合

★父は18年前に他界。離れて住んでいた上、がんの末期を知らされてから1週間で亡くなりましたので、介護をいうようなものは全くしませんでした。

★義母は2年前に他界。亡くなる1年ほど前から入退院を繰り返し、在宅医療・訪問入浴のほか、施設入所もありましたが、主に義父が頑張ってくれていたので、私は義父への応援のつもりで夕食作りを頑張りました。

★その義父は現在82歳で元気に一人暮らし。近くに住んでいるので、なるべく頻繁に顔を見たり声をかけたりするようにはしていますが、家事など一切手伝っていません。ときどき夕食などを届けます。

★母は1年前までバリバリ元気に一人暮らしをしていたのが、現在要介護5で施設入居中の88歳。

施設では洋服のお洗濯も有料でやってくれるのですが、あえて私がやるようにしています。

というのは、私もフルタイムで働いているため、忙しさにかまけてしまうと母のことは2の次にして会いに行かなくなってしまうからです。

洗濯物を取りに行かなきゃ!と思うと、どうしても週に1.2回は行かなくてはなりません。・・・それくらいじゃないと行かない・・・というあっさりした娘なのです。

介護のイラスト「車椅子のおばあさん」

親への複雑な思い

冒頭の「子供時代の親への感情」ですが、私の場合、親から「とても大切にされた」というよりは気持ちを理解してもらえず苦々しい思いの方が強いです。

もちろん、親の方にはいろいろな事情があり、その中でも精一杯愛してくれたことはわかります。でも、子供時代の私にはそれが十分には伝わらなかった・・・。

だから今、親を手厚くみることはしませんよ!というつもりは全くありませんが、手取り足取り自分の時間を大幅に犠牲にして親の面倒を見ることは、自分には到底無理です。

そんな自分に対して「何か、冷たい」「薄情」「子どもとしてどうなのか?」という思いが全くないわけではありませんでした。

「親孝行は義務ではない」

でも、この間 髙橋リエさんという心理カウンセラーの方の文章に出会ったのです。

髙橋さんは「親の介護に向き合った時の子どもの苦しさ」に対して、「親の面倒は、みないでください」とおっしゃっていました。

「親孝行」は子どもの義務と思って、頑張って介護をする中で物理的にも精神的にもつらい思いをしている方がたくさんいます。

そんな方たちに向けて

「本来、親への感謝や恩返しは、自然にそうした気持ちがわくもので、義務ではないですし、親のために、子の人生を犠牲にしてはいけないと思うのですね。」

と書かれていました。

私はこの文を読んでホッとしました。

親の介護のために余り犠牲を払っていない自分のことを後ろめたく思わず

「無理のない範囲でやってる私だけど、それで十分」と思えたからです。

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介護の仕方は人それぞれでいいのだと思います。一生懸命それこそ24時間体制で頑張る人がいてもいいし、プロの手をうまく借りる人がいてもいいし、私のように仕事も今まで通りやる・旅行にも行くという人がいてもいい。

もちろん物理的に、強制的に時間をとったり気持ちを寄せたりしなければならないことは多くありますが、介護が原因で心や身体を病んでしまうようなことは避けた方がいいと思います。

それには「○○でなけでばならない」という強迫観念・思い込み・まわりの常識にとらわれすぎないことですね。

自分の心や身体が健康でなければ介護も何もあったものではありません。

そしてまた、今度は自分が年老いていったときのことをいえば、子どもに対して「あなたが面倒を見てくれるのが当然でしょう」という考えはきっぱり捨てましょう。

子どもには子どもの人生があります。「○○でなければならない」で縛るのはやめたいですね。