オンライン保育を始めようかな

勤務園でオンライン保育を始めようかと思っています。

今大切なのは「繋がり」だと思うんですよね。

週に1度、対面オンラインで教師と園児、そして、保護者の皆さんとつながっていますが、他の6日間も「園と自分が繋がってるんだ!」って毎日感じて欲しい。

普通であれば毎日かよって、毎日顔を合わせていたはずだった先生の顔、毎日遊んでいたはずの園庭や保育室、毎日やっていたごあいさつやゲームや工作。

そういうものを、ほんの少しでも届けられたらと思うのです。

試しにテスト動画を送ってみたら、みなさん本当に喜んでくださいました。

教師のみんなで団結して、出来るだけ毎日動画を送り続けることにしました。

今はまだほんの短い動画だけれど慣れていったら、もっといいのができそう。

試験的なものの一部をYouTubeでご紹介しています。

3分から5分くらいの短いものです。

幼児から小学校低学年のお子さん向けです。よろしかったらどうぞご利用ください。↓

オンライン保育

①消える10円玉②イチゴはどこだ?③変身おばけちゃん

庭のネギ坊主

会えない時間が愛育てるのさ!★イラっとしたらタイムアウトという方法

ここ埼玉県に緊急事態宣言が出されてから、3週間が経とうとしています。

でも、私の生活は実は、その前とそれほど大きく変わっていません。

食材は2社の宅配をそのまま続けているので、買い物は不足分を補う程度に週に1.2回。買うもの目掛けてごく短時間。

夫も変わらず通勤しているので、5:30起きの弁当作りも変わらず。

元々が「家でやりたいこといっぱいあるタイプ」なので、これまでより家時間が増えてもヒマで困るっていう感じでもありません。

むしろ、オンライン活動がぐっと増えて、なんだか忙しい

昨日は朝9:00 勤務園のオンライン保育、

11:00 オンライン礼拝

14:00 オンライン子ども会

17:00 オンライン交流会

なんだかずっとオンライン、オンラインでした。

今までたくさんの人と会って話して交流していたのができなくなってしまったこの3週間。

でも、その分、たがいに安否を問い合い、心の距離が近くなったような気がするのです。

「会えない時間が愛育てるのさ」とは、郷ひろみのむかーしの歌の歌詞。

会えないからこそ思いを馳せ、つながることの喜びを感じることができています。

逆に、ずっと一緒にいることによってストレスやイライラを感じるという家庭もでてきていますね。

家族であっても、同じ家の中にいたとしても、時として離れることも大切です。

離れるからこそ冷静になれることもあります。

カッときたら、イラッときたら、おうちの中ででも離れてみてください。

別室に行く。

ベランダに出る。

トイレに篭る。

散歩に出る。

これは「タイムアウト」というアンガーマネジメントテクニックのひとつです。

クールダウンするほんのひと時を持つことで、冷静になり、優しさを取り戻すことができるのです。

緊急事態宣言の期間延長も噂されています。

皆さまの心と身体が健康でありますように!

手作りマスクは迷惑?

ここ何週間かで60枚程の立体マスクを縫いました。

もともとハンドメイドが好きで、実はminneという手作り通販サイトにマイショップを持っています。

世間でマスクが品薄になってきた時、私の出番かも…と思いました。

まずは身近な方たちに手作りマスクを差し上げよう!

そう思った矢先、ネットでこんな記事を見つけてしまいました。

「義母が手作りマスク送ってきた。ほんっと迷惑」

「衛生的に作られたのかわからないから」だそうです。

それでも着けた写真を撮って「ありがとうございます」と送ったということですが……。

善意でしたことが迷惑になる恐怖……。

一気にやる気が失せて何もせずにいました。

でも、SNSでは仲間たちがバンバン作ってる情報が流れてくる……。

うん、迷惑と思われてもいいから、やっぱり私も縫うか??

恐る恐る何人かに差し上げると、喜んでいただけました。

でも、心のどこかで疑っていました。

もしかしたら迷惑なんだけど喜んでるフリをしているだけかも……。

その後劇的にマスク製作のスピードが上がったのは、2週間前のことです。

親友の1人に数枚のマスクを送ったら、ことさらに喜んでくれて、もっと作って欲しいと言うのです。

子供用も欲しいと言うので、大小取り混ぜ10枚送りました。

そしたら今度は男性用の大きいサイズのが欲しいと言います。

そんなわけで製作が加速し、「迷惑がられたら怖い」という気持ちも薄れていきました。

*** *** ***

「人のために何かしたい」けど「迷惑だったらどうしよう」という思い。

これってなんなんでしょうね?

もしかして「自分が傷つきたくない」のかなぁ。

あの人、迷惑…って思われたくないだけなのかなぁ。

そういえば以前に、ハンドメイド品や手作りお菓子をもらっても迷惑…というのをやっぱりネットで見て、しばらく人にあげるのをためらった時期があったっけ。

でも、考えたら私の周りの人は、差し上げたモノそのものより私の「気持ち」を喜んでくださる人ばかりだし、迷惑なら「ごめん、これいらない」ってちゃんと言ってくれる人ばかりだったなと思います。

あまり怖がってばかりいてはなにもできませんよね。

「恐れ」や「不安」は自分を守るためにある感情です。だから大切なものです。

ただそれにあまりにもとらわれすぎると前に進めなくなります。

ここで必要になってくるのが「鈍感力」

まぁ、えぇやんかーと流せる心。

「あ、ごめん、迷惑だった〜?」と軽く受け止められるような器の大きさ、憧れますなぁ。

そんなわけで、マスク作りに励みます。

アベノマスクは小さいという噂なので、届いたらリメイクするつもりです!

口角アップの効果!★フェイシャルフィードバック

新型コロナウィルスの影響で、世界中に不安が広がっています。

不安はイライラや怒りに繋がります。

あちこちで殺伐とするニュースを聞きます。

極限的な状態に追い込まれると、その人の素の部分があらわにされていきますね。

こんな時こそ自分を吟味し、人との付き合い方も考えるチャンスなのかもしれません。

とはいえ、この状況の中で不安にならない、イライラしない、と言う方が無理なことです。

イライラしてもいい、ムカっぱら立ってもOK!要は、その感情をどう処理するかってことです。

イライラ、ムカムカを爆発させて周りを破壊したり(人の心も)、ネチネチ際限なくネガティブモード垂れ流したり…。

そんなの、自分にも周りにも害毒!

すぐにできる「口角アップ」やってみましょう‼️

口の両端を上げてみて!

意識的に笑顔を作ることで脳に働きかけるやり方です。

フェイシャルフィードバック効果と言います。

普通は嬉しいと笑顔になりますが、その逆ですね。

心と身体はつながっているのです。

今日一日、口角アップを意識して過ごしてみてくださいね!

何年も咲かなかった藤が、今年は咲きました!

「失敗してもいい」のは何故?

勤務園の入園進級式がありました。

新型コロナウィルスの関係で、園児と保護者と数名の教師とで執り行いました。

司会をした私は「失敗」をしてしまいました。

式はプログラムを大幅に削って進める予定で、当日の打ち合わせで念入りに確認し合っていました。

ところが私は更に削りすぎて、ひとつ飛ばして進めてしまったのです。

終盤で気づきましたが、もう取り戻せるタイミングはありませんでした。

そのまま式終了。

そこで私は正直に失敗を暴露することにしました。

「こずゑ先生は失敗をしました。………(中略)…めぐみ幼児園は「失敗してもいいところ」です。

失礼しても 許してもらえる、助けてもらえる、またがんばれるところです。」

私がそう言えたのは、勤務園が本当にそういうポリシーの下に、温かい保育を続けてきているからです。

子どもは経験や知識の不足からも多くの失敗をします。

それをとがめられ、叱られてばかりいては萎縮するばかりです。

でも、許され助けられ支えられてもらえるとき、新しい力をもらうことができるんですね。

失敗してもいいという安心感があるからこそ、踏み出せることもあります。

失敗はしてもいいのです。失礼が0の人なんていないから。ましてや子どもに失敗はつきもの。

安心して失敗ができることが大切です。

失礼から学び、挽回する力は安心の土台の上に作られていくのです。

すべての子供に「失礼する権利を!」と願います。

受け取り方は人それぞれ★人の感じ方も受け入れると幸せになれる

NHKの朝ドラを見ています。

前作の「スカーレット」も毎日録画して、夕食の時に夫と2人で見るのが習慣になっていました。

(我が家はご飯食べながらのTVがOKの家です☻)

ハラハラしたり、ドキドキしたり、キュンキュンしたりしながら、あーだよねー、こーだよねーと夫と会話するのも楽しみの1つです。

しかし、先日何気なく、朝ドラへのコメントをネット上で見て、とてもびっくりしたことがありました。

私と夫は感じ方が似ているのか、これまでに「いや、それ、絶対違うでしょ⁉︎」というような見解の違いはあまりなかったと思うのですが、このネットのコメントには「へぇ〜、そういう捉え方もあるのね!」とビックリ。

主人公喜美子の息子が、白血病に罹ります。

ある時、親子3人でうな重を食べている時、息子が「味がしいひん。ようわからん。」と告白します。

喜美子は直前に主治医から、息子に味覚障害が出ていることを聞かされていました。

喜美子は息子の告白を聞きながらも、うな重を食べる箸を止めずパクパク食べながら「うな重たべ。食べんと力つきひん。」と言います。

ここ!ここです。

この態度について

「母親としてありえない」「鬼!」みたいな感想があったんです。

私は逆でした。

死が迫り来る現実を目の当たりにして、その中で、その恐怖を寄せつけない「何も変わらない日常」を貫こうとした喜美子の心中を思うと、泣けました。

パクパクたべながら、彼女こそ、味を感じられないほどの痛みを抱えていたんだろうと思うのです。

そして、私も、もし彼女と同じ境遇になったらそういう振る舞いをするんじゃないかな。

そうしたら、周りの人からは「鬼母」と思われるんだな、と思ったわけです。

他の場面でも、息子が陶芸展で母親の隣に作品を置きたいと言うと、喜美子は拒否します。「親の力借りるんか?自分で言い。」と突っぱねる喜美子に、ネットではやはり「余命幾ばくもない息子に拒否するか?」「間違ってる!」

息子の1人旅に付き合う暇はなくなったという喜美子に対しては、「病気の息子につきそう愛情はないのか⁉︎」と。

愛あればこそ、最後まで息子を1人の人間として、大人として見て尊重して接したのだ、と私には思えます。

同じドラマを見て、同じ場面を見ても、感じ方や捉え方は人それぞれなのだなと、改めて思いました。

でも、どちらが正しいとか間違ってるとかはないと思うんですよね。

自由に感じていい。

ただ、それを「強要」することは、自分にとっても相手にとっても幸せなことじゃないだろうと思います。

その捉え方はおかしいよ!その考え方は変だよ!って否定し合うより、

へぇ〜、そういうふうにとらえるんだあ、私はね…って、違いを楽しめたらお互いに幸せになれるんじゃないかなぁ。

違いを面白がり、たのしみあえる…そんな世界になってほしいです。

ラズベリーの新芽、出てきました♪

おしえてひつじくん①★退屈している子どもたちへ

外出自粛で閉塞感が否めない毎日。

大人も子どもも鬱々してしまいますよねー。

何かできないかなー?

でも、集まるのはダメだし、身体接触は危ないし、何かないかなー、といろいろ考えら毎日。

昨日、勤務園の子どもたちとビデオ通話で繋がって、すごく元気をもらったっけ!これだ!動画だ!

と思って、今朝、ぬいぐるみのひつじくんの動画を作ってみました。

技術的なことはさておき、今すぐできることをやりました。

いろんな意味で笑える動画ですが、イライラうだうだの毎日にちょっとでも、ほこっとした気分を味わってもらえたら嬉しいです😆

youtu.be/kiQhnqcAiv0